RAMO & KAMIOKA WEEKLY 第1号 / 2026-06-16

創刊号・六万八千円の夜に

本号のテーマ 其の一 AI・経済 / 其の二 社会・少子化 / 其の三 世相・若者
其の一 ・ AI・経済

株が六万八千円、青い鳥はどこへ

今週の一面 東京株式市場で日経平均が初めて6万8000円台をつけた。AI関連銘柄への買いが相場を押し上げ、半導体大手キオクシアが時価総額で上位に迫る場面も。日銀は物価上昇を警戒し、利上げの議論を進めている。 出典: 時事ドットコム
中島らも 中島らも

ほう、株が六万八千円か。まぁ座り、一杯やり。……俺はな、金の計算が昔からまるであかんねん。コピーライターやった頃も、原稿料が入ったらその晩に全部飲んでもうて、気づいたら財布が軽うなってる。金いうのは俺にとって、酒に変わるための一時的な姿でしかなかったんやな。せやから六万八千円て聞いても、ふーん、と思うだけや。あれで誰かが笑て、誰かが泣いてるんやろなぁ、とは思うけどな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はちょっと違う。これはね、青い鳥の話なんですよ。幸せの青い鳥を探して世界中を旅して、結局それは元いた自分の家の鳥籠におった、いう童話。昭和三十年代、日本人は所得倍増を信じて金を儲けた。儲けたら幸せになれると思てね。ところが手段と目的を履き違えた。金を儲けるのが目的になって、幸せはどっかへ行ってしもた。六万八千円いうのはね、その鳥籠がまた一段、立派になっただけ。中に鳥がおるかどうかは、別の話なんです。

中島らも 中島らも

そやなぁ。俺な、酒やめた時に初めて気づいたことがあってね。飲んでた頃は花を見ても『ああ、花や』としか思わへんかった。それが、しらふになったら『綺麗やなぁ』と感じられるようになった。世界が急に鮮明になってね。あれは金では買えへんかったわ。むしろ金がない、飲めへん、いう不便のほうが、ようけ見せてくれた。AIがどうの株がどうの言うてる連中の目には、今、花がどう映ってるんやろな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこですよ、らもさん。機械に金が集まるいうのはね、工事中の看板と一緒なんです。『工事中につきご協力ください』て書いてある。何で? 工事すんのはお前らの都合やろ、こっちが協力する義理はない。AIで世の中が便利になる、豊かになる、と。けど誰のための工事か、いっぺん聞いてみなはれ。誰も答えられへん。便利になった先に何があるか、目的を誰も決めてへんからです。手段だけが六万八千円まで膨らんでる。これはもう、決まってることなんです。

中島らも 中島らも

まぁ、なんや。金があってもなくても、その日に一ぺん『生きててよかった』と思う夜があれば、あとはゴミクズみたいな日々でもやっていける、て俺はずっと思てるんやけどな。六万八千円で買える夜もあるんやろう。買えへん夜もある。どっちが安いかは、知らんけどな。さ、もう一杯いこか。

グラスの氷が、ひとつ鳴った。鳥籠は、今夜も少しだけ立派になったらしい。

其の二 ・ 社会・少子化

産めよ、と誰が言えるか

今週の一面 日韓の有識者が少子化問題をめぐって議論し、民間レベルでの協力拡大を訴えた。両国とも出生率の低下が続き、人口減少への対応が共通の課題となっている。 出典: 時事ドットコム
中島らも 中島らも

少子化な。……俺はこの手の話、いっちばん苦手やねん。だって俺みたいなもんが『子供を産め』なんて、どの口が言うねん、いう話やろ。躁鬱で入院して、酒で肝臓壊して、家族にさんざん心配かけて。そんな人間が国の人口を心配する、て喜劇やで。まぁでも、うちの子らはようでけた子に育ってくれた。親が頼りないと、子はしっかりするんかもしれん。知らんけどな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、これは個人を責める話やないんです。構造の話。日本人はね、人間をティッシュペーパーやと思てきた。使えるうちは使て、くたびれたら捨てる。会社もそうやって人を使てきた。そういう国で『子を産め、増やせ』言うてもね、誰がこのティッシュ工場に新しい紙を入れたい思います? 子を増やせと言う前に、人間を使い捨てるのをやめなあかん。順番が逆なんですよ。

中島らも 中島らも

きついなぁ、相変わらず。でもまぁ、そやな。俺はな、一人の人間の一日には、必ず一人、その日の天使がついてる、と思てるんや。締め切りで死にそうな時に、窓の外を焼き芋屋がのんびり通ってってな、そのバカバカしさに笑て救われたことがある。子がおる、おらんの前にな、そういう天使に気づける余裕が、今の若いもんにあるかどうか。みんな、来る日も来る日も鳥籠みがいてるんちゃうか。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

その余裕の話でね、僕がいつも言うのは、人間に安定なんてないんですよ。都会におったら海に行きたなる。海に行ったらまた帰りたなる。そういう生きもんです。なのに今は、安定してから、整ってから、金が貯まってから子を、と言う。そんな『ちゃんとした条件』が揃う日は一生けえへん。揃うのを待ってたら、待ってるうちに終わる。覚悟して飛び込むしかない。これはもう、決まってるんです。

中島らも 中島らも

まぁ、産むも産まんも、その人の人生やからな。俺は誰にも、ああせえこうせえ、よう言わん。ただ、しんどい時に一人で抱えへんように、隣で一杯飲んでくれる誰かがおったらええな、とは思う。国がやるべきは、号令やのうて、その一杯のほうやろ。……知らんけどな。

産めとも産むなとも、二人は言わなかった。ただ、もう一杯だけ注いだ。

其の三 ・ 世相・若者

苦労はせんでええ、けどな

今週の一面 若者の間で「苦労キャンセル界隈」という言葉が広がっている。あえて困難や面倒を避け、効率よく快適に生きることをよしとする価値観で、トレンド予測でも2026年の注目キーワードに挙げられた。 出典: 日経クロストレンドPR TIMES
中島らも 中島らも

『苦労キャンセル界隈』? ……ええ言葉やないか。俺は昔から、苦労は美徳や、いう考えが大嫌いでね。苦労なんか、せんで済むならせんほうがええに決まってる。わざわざ不便を選んで『これが人生の味や』なんて言うのは、酒におぼれた人間が『これも芸の肥やし』と言うのと一緒で、ただの言い訳や。俺がさんざん使てきた言い訳やから、ようわかる。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はね、苦労と、溜め込むこと、は分けて考えるんですよ。人間てのはね、十九から二十六まで、この間に考えついたり溜め込んだりしたことが、一生を左右する。ノーベル賞の論文の発想も、たいていこの時期のもんです。二十六過ぎてから真新しい発想なんて、まず出てけえへん。苦労はせんでええ。けど、溜め込むのをキャンセルしたら、後で空っぽの鳥籠だけが残る。そこは間違うたらあかんのです。

中島らも 中島らも

そやな。俺は教養いうのはな、結局『一人で時間をつぶせる技術』のことやと思てるんや。退屈に耐えられる、いうこと。スマホで苦労も退屈もキャンセルしてしもたら、一人になった時にどうしてええかわからん人間が出来上がる。それはちょっと、寂しいわな。まぁ俺も、退屈をごまかすために酒飲んでた口やから、偉そうには言えへんけどな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

いや、それですよ。僕なんか自分のことを『知識のドーナツ化現象』と呼んでる。しょうもないことはよう覚えてるのに、肝心の真ん中がすっぽり空いてる。テレビばっかり見てたからです。テレビ見る時間があったら、スイッチ消して本読むか人と話すかしたほうが、人間よっぽど豊かになる。……テレビに出てる人間が言うんやから、間違いない。苦労はキャンセルしてええ。退屈だけは、キャンセルしたらあかんのです。これはもう、決まってる。

中島らも 中島らも

ええこと言うなぁ、今日は。退屈と仲良うなる、か。……まぁ、ええねん。おもしろかったら、それで。若いもんが苦労せんと笑て暮らせるなら、年寄りがどうこう言うことやない。せいぜいええ酒でも残しといたるわ。知らんけどな。

閉店。看板の灯が消えて、二人のグラスだけが、まだ少し光っていた。

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