RAMO & KAMIOKA WEEKLY 第10号 / 2026-08-16

第十号・名前がついた夜に

本号のテーマ 其の一 災害・千葉豪雨 / 其の二 政治・内閣支持率 / 其の三 スポーツ・甲子園
其の一 ・ 災害・千葉豪雨

名前のつく雨、名前を呼べない夜

今週の一面 8月13日夜から14日にかけて関東地方の大気の状態が不安定になり、千葉県内に猛烈な雨雲が停滞。線状降水帯が発生し、千葉市などの24時間降水量が8月の1か月平年値の3倍を超える記録的豪雨となった。千葉県・茨城県の計22万人超に緊急安全確保や避難指示が発表され、8月15日時点で死者9人、行方不明1人(千葉市若葉区の75歳男性)、住宅被害は178棟以上。気象庁はこの豪雨を「令和8年8月千葉豪雨」と命名した。大雨災害の命名は2020年の「令和2年7月豪雨」(熊本県等)以来2例目。なお2日前の8月11日には台風15号が茨城県に、1951年の統計開始以来初めて上陸し、関東を横断していた。 出典: 読売新聞オンラインNHKニュース共同通信FNNプライムオンライン
中島らも 中島らも

十三日の晩からや。関東の空が、えらいことになってな。千葉に雨雲がべったり張り付いて、動かんかった。夜のニュースで『線状降水帯』言うてね、朝になったら千葉市の一日の雨の量が、八月一か月分の三倍超えとった。……この二日前、十一日の晩には台風十五号が茨城に上陸しとる。統計取り始めた昭和二十六年以降、茨城に台風が上陸したんは初めてやそうです。二日おいて、また記録。今年の夏は、記録という字を何回書かされるんやろな。……そんで、十五日の時点で亡くなった人が九人。行方が分からんままの人が、一人。千葉市若葉区の、七十五のおじいさん。九人の名前は、もう新聞に出とる。一人だけ、まだ名前の続きが分からんままなんです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はこの『名前をつけた』というところに、まず目を留めるんですよ。ええですか、気象庁が大雨に固有の名前をつけるいうのは、めったにあることやないんです。今度で『令和八年八月千葉豪雨』。名前がついた大雨災害は、二〇二〇年に熊本を襲った『令和二年七月豪雨』以来、たった二例目なんですよ。名前をつけるいうのはね、葬式で戒名をつけるのと似てましてね。生きてる間はただの雨や台風で済むもんが、これだけの人が亡くなると、もう固有名詞で呼ばな収まりがつかんようになる。名前がつくいうのは、それだけの重みがあったということです。軽々しくつけるもんやない。これは間違いないんです。

中島らも 中島らも

戒名、な。……重たいこと言うわ、あんた。でもまぁ、その通りやろな。……俺はな、行方の分からん七十五のおじいさんのことを考えとってね。バーやっとると、年寄りの常連が何人かおるんですよ。足の悪い人もおる。避難しろ言われても、この歳で夜中に外へ出る決断が、どれだけ怖いか。若い時分は分からんかったけど、この歳になってようやく分かってきましたわ。逃げる、いうのは体力と勇気の両方が要る仕事なんです。……九人と一人の間には、たぶん、たいした差はない。運と、あと少しの時間と、たったそれだけの差やったんちゃうかな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこは僕、もう一歩踏み込んで言いますよ。運やない、仕組みの問題です。ええですか、二十二万人超に避難指示や緊急安全確保が出た言うても、その二十二万人の中に、七十五の一人暮らしのおじいさんが本当に届く形で届いとったか、いう話なんです。避難情報いうのはね、工事現場の看板と一緒でね。『避難してください』とだけ大きく書いてあっても、こっちがどこへ、どうやって、誰と行けばええか書いてなかったら、老いた体はその場から一歩も動けんのですよ。看板を立てた側は義務を果たした顔をする。動けんかった側だけが、責められる。そこがおかしいんです。台風の上陸も、この豪雨も、記録ずくめやった。記録ずくめの年やからこそ、届け方まで記録を更新せなあかんのです。決まってるんです。

中島らも 中島らも

届け方まで記録を更新、か。……ほんまやな。……今夜、うちの店の常連にも千葉の人間が一人おってね。電話で無事は聞けたんやけど、実家のほうがどうなっとるか、まだ分からん言うとった。何も飲まんと、ただ喋って帰っていきよったわ。……そういう夜も、あるんです。捜索は、まだ続いとる。行方の分からんおじいさんの名前が、早う、悲しい形でのうて分かる形で見つかることを、祈るしかないな。今日はそれだけにしとくわ。

九人の名前は決まった。残る一人の名前を、まだ誰も呼べずにいる。

其の二 ・ 政治・内閣支持率

支持率は横ばい、答弁の背中は消えた

今週の一面 時事通信が8月6〜9日に実施した世論調査で、高市内閣の支持率は前月比0.6ポイント減の48.4%となり、3か月連続の下落となったがほぼ横ばい水準を維持した。不支持率は2.7ポイント増の26.9%。焦点となったのは首相の国会予算委員会への出席時間の大幅な減少で、「適切だと思わない」が37.8%と「思う」の31.4%を上回った。政府は「要請があれば出席し誠実に答弁してきた」としているが、8月10日放送の番組では、首相官邸と自民党内の間に「すきま風」が生じているとの指摘も出た。他の調査機関(NHKは53%、グリーン・シップは45.4%)では数字にばらつきが見られる一方、熊本地震への政府対応は「評価する」が43.0%と高い評価を得ている。 出典: 時事ドットコム日本経済新聞NHKニュースJ-CASTニュース
中島らも 中島らも

時事通信が八月六日から九日にかけてやった世論調査でな、高市内閣の支持率が四十八・四パーセント。先月から〇・六ポイント下がったけど、まぁ横ばいや言うてええ数字やそうです。三か月連続の下落らしいけど、下がり方は緩い。……で、面白いのは中身でね。予算委員会への首相の出席時間がえらい減っとって、それを『適切やと思わへん』言う人が三十七・八パーセント、『思う』の三十一・四を上回っとる。首相は『要請があれば誠実に答弁してきた』と繰り返しとるらしいけどな。……これ、俺には身に覚えのある話でね。うちの店にも、呼んだら来るけど自分からは来ん常連がおるんですよ。『呼んでくれたら行くで』言われてもね、こっちは毎回わざわざ呼ばなあかんのが、もうしんどいんです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はここではっきり言うときますよ。『要請があれば行く』というのはね、僕の流儀とはいちばん遠い言葉なんです。僕はずっと『断定する勇気を持て』とやってきた男でね。決断できる人間いうのは、聞かれる前に、自分から前に出る人間のことです。麻雀の卓でも一緒でね、自分からリーチをかけずに、相手の捨て牌ばっかり見て安全牌を守っとる打ち手は、勝ってるように見えて、実は誰にも信用されへんのですよ。予算委員会に出るか出んかを、要請の有無で決めるいうのは、つまり自分の意志で決めてへん、いうことです。八月十日の番組でも、首相官邸と自民党の間に『すきま風』が吹いとる言われとったでしょう。すきま風いうのはね、扉をきちんと閉めてへん証拠なんです。開けとくんか閉めるんか、そこも決めてへん。これはもう、姿勢の話なんですよ。

中島らも 中島らも

すきま風、な。……ただな、上さん。俺はちょっとだけ弁護もしとくとね。支持率、調査するとこによってバラバラなんですよ。NHKは五十三、時事は四十八点四、別のとこは四十五点四。三つとも同じ月に同じ首相を調べとるのに、これだけ数字が散らばる。……人間かて、こっちから見たら頼りない親父でも、あっちから見たら頑張っとる親父に見えることがあるやろ。数字も似たようなもんでね、どこから測るかで、ずいぶん人相が変わってくるんです。まぁ、それでも一個だけ動かん事実があってな。熊本の地震対応は評価が高い言うとった。動いた時は、ちゃんと評価されとるんですよ、この人。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

それは僕も認めますよ。動いた時は評価される。せやからこそ、動かん時との落差が目立つんです。ええですか、熊本の対応がまともに評価されとるいうのは、この人に能力がないという話やない。むしろ逆です。できる人間やからこそ、国会の答弁みたいな、面倒でしんどいところから逃げる姿だけが余計に目立つんですよ。僕に言わせればね、政治家の仕事の九割は、面倒くさいことに自分から出ていくことです。答弁は面倒です。野党の追及は面倒です。せやけどそこへ自分から出ていく背中を見せんことには、支持率いうのは数字だけの話になって、信用にはならんのです。四十八点四か五十三か、そんなもん本質やない。国会の椅子に座っとる時間の長さのほうが、よっぽど嘘をつかへんのです。間違いないんです。

中島らも 中島らも

椅子に座っとる時間、な。……手厳しいわ、あんた。……まぁ、俺にも耳が痛い話でね。俺も締め切りから逃げて、酒場のカウンターの向こうに隠れとった口やから。呼ばれな出てこん常連の気持ちも、ちょっとは分かるんですよ。……ただ、逃げとる間も、店の時計だけは律儀に動いとるいうのが、しんどいところでな。……まぁ、次の国会でどう座るか見せてもらいましょか。知らんけどな。

支持率の数字は横ばいでも、答弁席の椅子の温度だけは、静かに冷めていく。

其の三 ・ スポーツ・甲子園

無敗の横浜が恐れる、退屈という敵

今週の一面 第108回全国高校野球選手権大会は8月15・16日に3回戦を実施。三重が優勝候補の一角だった履正社(大阪)を5-2で下すなど伝統校の敗退が相次ぐ一方、優勝候補筆頭の横浜(神奈川)は無傷の勝ち上がりを続け、SNSでは「横浜に勝てるところがなさそう」との声が広がった。15日には天理(奈良)が3点差を9回に逆転し、9年ぶりの8強進出を決めるなど接戦・逆転劇も相次いだ。三重、智弁和歌山、仙台育英、天理などが準々決勝(18日)進出を決めている。夏の大会では「夏の強豪は疲れている」として、連戦の疲労や経験の少ない相手への油断から番狂わせが起きやすいとの見方もある。 出典: THE ANSWERデイリースポーツNumber Web
中島らも 中島らも

甲子園、三回戦が十五、十六日と続いてね。三重が優勝候補の一角やった履正社を五対二で下したり、天理が九年ぶりに八強へ入ったりと、伝統校がバタバタ倒れる大会になっとるんですよ。天理なんか三点差を九回にひっくり返しての、逆転勝ちやったそうな。……そんな中で、優勝候補筆頭の横浜だけは、まだ無傷で勝ち上がっとるらしい。ネットでは『横浜に勝てるとこなさそう』言うて、みんな半分諦めムードやそうです。……俺はな、こういう『一人だけ無傷』いう状況を見ると、なんや落ち着かんのですよ。バーでもたまにおるんです、朝まで飲んでも顔色一つ変わらん化け物みたいな客が。ああいうのを見ると、こっちのほうが先に酔いが冷めよるんですよね。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はその『無傷』というのを、いちばん危ないサインやと思てるんです。ええですか、麻雀でもゴルフでも一緒でね、ずっと勝ち続けとる人間の周りは、だんだん静かになっていくんですよ。負けた相手が愚痴を言わんようになる。ヨイショだけが残る。本人はそれを『実力』やと勘違いする。せやけどね、いちばん強い状態いうのは、いちばん退屈と隣り合わせの状態でもあるんですよ。天理が九回に三点差をひっくり返したいうのはね、追い詰められた側にしか出てこん火事場の力です。無傷の横浜には、まだその火事場が回ってきてへんだけなんですよ。夏の強豪は疲れとる、いう言い方があるでしょう。連戦の疲れは、本人が『大丈夫です』と言うてる時がいちばん怖いんです。決まってるんです。

中島らも 中島らも

火事場の力、な。……そうかもしれんな。俺はこの前、常連同士が甲子園の話で賭けをしとるのを横で聞いとってね。『横浜で決まりや』言う奴と、『いや分からんで、夏やから』言う奴とおって。分からんで、言うた奴のほうが、なんや余裕あるように見えましたわ。無傷のほうに賭けるんは簡単やけど、無傷のほうを応援するんは、案外しんどいんですよ。負けたら『やっぱりな』言われる側やから。……天理みたいな、ボロボロになって勝ち上がるチームのほうが、見とって楽しいのは、たぶんそういうことなんやろな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

それはね、応援する側の心理としては正しいんです。ただ僕はもう一つ足しときたい。強豪が伝統校を次々に破ってる、いう見方が広まってますけどね、あれは半分違うんですよ。強豪校いうのは元々、一年通してレベルの高い相手とばっかりやっとる。夏の大会でいきなり格上に見える県立校が出てくると、経験の少なさで浮足立って、逆に足元をすくわれる。番狂わせいうのは、弱い側が強うなったんやのうて、強い側が『格下や』と油断した瞬間に生まれるんです。ティッシュペーパーと一緒でね、使い捨てにできると思うた瞬間、こっちの手のほうが滑るんですよ。横浜が今のところ無傷でおるいうのは、まだその瞬間が来てへんだけの話です。十八日の準々決勝で、それが来るか来んか。話はそれだけですよ。

中島らも 中島らも

油断した瞬間にすくわれる、か。……そら、酒場の商売とも似たようなもんやな。繁盛しとる店ほど、味を落としても客が気づかんと思い込んで、そこから潰れていく。……まぁ、横浜がどこまで無傷でいけるか、十八日を楽しみにしとこか。俺は判定はできんけど、乾杯くらいはどっちにでもしたるわ。知らんけどな。

無傷のまま勝ち続けることは、案外、いちばん孤独な戦い方かもしれない。

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