RAMO & KAMIOKA WEEKLY 第11号 / 2026-08-23

第十一号・逃げ場のない夏に

本号のテーマ 其の一 事故・東武日光線 / 其の二 経済・株価と原油 / 其の三 スポーツ・甲子園決勝
其の一 ・ 事故・東武日光線

草を刈る人に、逃げ場がなかった

今週の一面 8月20日午前、栃木県鹿沼市の東武日光線・新鹿沼駅で、線路内で除草作業をしていた作業員4人が特急列車と接触して死亡した。東武鉄道によると現場には監督者や見張り員を含め10人がおり、そのうち作業長を含む4人が線路内にいた。運転士は現場の約200メートル手前でホームへの進入を許可する合図を受けたと認識しており、急ブレーキをかけたが間に合わなかったという。さらに、事故のあったホームの下には作業員が緊急に退避できるスペースがない構造だったことも分かった。東武鉄道は20日夕に国土交通省で記者会見して謝罪し「再発防止を徹底する」と述べた。国の運輸安全委員会が調査官を派遣し、警察も安全管理の状況について捜査を進めている。 出典: NHKニュースNHKニュースNHKニュース日本経済新聞
中島らも 中島らも

二十日の午前や。栃木の鹿沼で、東武日光線の駅の線路の中に人が入って、草を刈っとった。四人が特急に接触して、亡くなりました。……除草作業、いうんです。夏の線路は草が伸びる。伸びたら信号が見えにくなったり、火が出たりする。せやから人が入って刈る。地味な仕事です。誰も見てへん仕事です。……現場には十人おったそうです。監督する人も、見張りをする人もおった。そのうち四人が、線路の中におった。その四人が亡くなった。……俺はこのニュースを聞いた晩、店を閉めてから、しばらくカウンターに座ったままでね。乗客も運転士も、誰も悪いことをしようと思てへんのに、人が四人おらんようになる。そういう出来事の前では、こっちの喋る言葉が全部軽なるんですよ。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕は言葉を軽くせんために、事実のほうを固めて言いますよ。ええですか、この事故でいちばん重たい事実はね、運転士がぼんやりしとったとか、作業員が勝手に線路へ入ったとか、そういう話やないんです。ホームの下に、退避するスペースがない構造やった。これです。人間が線路の中で仕事をする以上、電車が来た時に体を逃がす場所が要る。当たり前の話でしょう。それがなかった。……欄干のない橋を架けといて、渡る人に『気をつけて渡ってください』と貼り紙をするのと同じなんですよ。落ちたら『足元の不注意でした』で終わる。橋のほうを疑う人間がおらん。逃げ場の有る無しは、注意力の問題やない。設計の問題です。これはもう決まってるんです。

中島らも 中島らも

設計の問題、な。……俺はな、昔、夜行バスで大阪へ帰る途中に、線路脇でライトを浴びて草を刈っとる人らを見たことがあってね。こっちは酒が抜けきらんまま窓に頭くっつけて、あの人らは真夜中に鎌を振っとる。えらい仕事やなぁ、と思て、それきり忘れとった。忘れとったんですよ、二十年以上。……こういう事故が起きて初めて、あの光景を思い出す。俺らはたぶん、ああいう人らの仕事の上を、毎日ええ気持ちで運ばれとるんやろな。時刻表どおりに電車が来るいうのは、誰かが草を刈ってくれとるからで。……その誰かの名前を、俺らは事故の日にしか知らんのです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこが肝心なんですよ。運転士は二百メートル手前で進入の合図を認識しとった。二百メートいうたら、特急やったら数秒です。急ブレーキかけても間に合う距離やない。つまりね、あの瞬間に何とかできる人間は、現場には誰もおらんかったということです。人間の反射神経で埋められへん穴は、仕組みで埋めるしかない。列車を止めるか、線路に人を入れんか、逃げ場を作るか。三つのうちどれかを選んでおかなあかんかった。……僕は現場の人間を責める気は一切ありません。責めるべきは、その三つのうち一つも選ばずに『気をつけて作業してください』で回してきた、その回し方です。会社は再発防止を徹底すると言うた。ほな、その徹底の中身を、遺族と同じ言葉で説明できるかどうか。そこまでやって初めて防止です。間違いないんです。

中島らも 中島らも

……遺族と同じ言葉で、か。……ええこと言うわ、あんた。……夏の草いうのは、刈っても刈っても伸びますからね。来週も再来週も、どこかの線路の脇で誰かが同じ仕事をしとるはずなんです。その人らが、ちゃんと逃げられるようになっとるかどうか。それだけを、俺は素人なりに見ときたい。……四人のことは、事故いう言葉の中に入れて片付けとうないな。草を刈りに行っただけの人が、四人。今日はそれだけ言うて、店を閉めますわ。

いちばん静かな仕事の現場に、いちばん静かな空白が、五十センチぶん足りなかった。

其の二 ・ 経済・株価と原油

賢い機械から、先に売られる

今週の一面 8月19日の東京株式市場で日経平均株価は前日比2134円31銭安の6万5326円42銭と急落し、下落率は3.16%、TOPIXも3.09%安となった。前日の米フィラデルフィア半導体株指数(SOX)が5%近く下げたのを受け、ソフトバンクグループやアドバンテストなどAI・半導体関連株が総崩れとなったのが主因で、国内長期金利が一時2.945%まで上昇したことや、中東情勢の先行き不安も重しとなった。21日も反落し、終値は6万6016円36銭。円相場は1ドル158円台後半で推移した。原油市場では、ホルムズ海峡の実質的な封鎖が長期化して世界の原油在庫が再び減少し、北海ブレント先物10月物が21日に一時1バレル94ドル台後半と、7月24日以来約1か月ぶりの高値をつけた。 出典: 日本経済新聞株探日本経済新聞株探
中島らも 中島らも

十九日の東京市場でね、日経平均が二千百三十四円下げよった。六万五千三百二十六円。下げ幅より率のほうが分かりやすいか、三・一六パーセント安。売られたのはAIと半導体でね。ソフトバンクグループやらアドバンテストやら、今年ずっと『これからはこれや』言われとった銘柄が、揃うて総崩れやそうです。前の晩にアメリカの半導体の指数が五パーセント近う下げたのが効いたらしい。……面白いもんでね、いちばん賢い機械を作る会社の株から、いちばん先に売られるんですよ。頭のええ奴から先に潰れる、いうのは俺の高校時代にもあった話でね。灘の同級生でいちばん出来た男が、先生の『人と違うことはいけません』いう言葉をいちばん真面目に聞いとって、そのまんま普通の人になってしもた。よう出来る奴ほど、素直に言うこと聞くんです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、これは賢いから売られたんやない。高すぎたから売られたんです。ええですか、株の値段いうのは、その会社が今稼いだ金やのうて、これから稼ぐはずの金を先に勘定して付いとるもんでしょう。AIはこれから儲かる。せやから今のうちに買うとけ。その『これから』を何年分も先取りして買うてきたわけです。……宴会の勘定と一緒でね。まだ誰も食うてへん料理の分まで先に割り勘で集めてしもたら、あとから来た人が『それ、ほんまに出てくるんですか』と言うた瞬間に、場がしらける。十九日に起きたんはそれです。誰かが『その料理、いつ出てくるんですか』と聞いた。それだけで二千百三十四円が消えた。中身が変わったんやない、勘定の仕方に人が疑いを持っただけです。決まってるんです。

中島らも 中島らも

料理が来る前に割り勘、か。……うちの店ではやらんとこ。……ただな、上さん。俺が気になっとるのは株より、そのうしろの話でね。原油です。ホルムズ海峡が実質封鎖されたままで、世界の原油の在庫がまた減り出しとる。二十一日にはブレントいうのが一時九十四ドル台の後半まで上がった。七月の二十四日以来の高値やそうです。……で、円は一ドル百五十八円台の後半。石油は高い、円は安い。この二つが揃うとどうなるかいうたら、うちみたいな店ではウイスキーの仕入れ値がじわっと上がるんですよ。株の話は遠いけど、瓶の値段は近い。庶民の景気いうのは、指数やのうて瓶の重さで分かるんです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

その通りです。せやから僕は、株の乱高下より海峡のほうを見るべきやと言うてるんです。ええですか、AIの株が下がったんは、言うたら期待の目盛りが動いただけの話でね、明日から工場が止まるわけやない。ところが海峡が詰まるいうのは、実際に船が通れんという物理の話です。期待は言葉で戻せますけど、船は言葉では通れんのですよ。……水道の元栓と一緒でね。蛇口の出が悪い悪い言うて蛇口ばっかり磨いとる家がある。元栓が半分閉まっとるのに、蛇口の話をしとるんです。日本いうのは元栓が全部よその家にある国でしょう。原油もガスも、通り道はよその海です。その国が、いちばん景気のええ話としてAIの株を毎日眺めとる。順番が逆なんですよ。二千百三十四円の話より、九十四ドルの話のほうが、来年の暮らしを決めます。間違いないんです。

中島らも 中島らも

元栓がよその家にある、な。……そら、そのとおりやな。俺なんか自分の家の元栓の場所も知らんまま、ここまで生きてきたけど。……まぁ、株が二千円下がっても上がっても、うちのカウンターに来る客の顔はそんなに変わらんのですよ。変わるのは、瓶が高うなった時。あの時だけは、みんな一杯目をゆっくり飲む。……今週はまだ、みんな普通の速さで飲んどりました。それが今のところの、いちばん正直な指数やと思とります。知らんけどな。

指数は毎日はしゃぐ。海峡は黙ったまま、来年の勘定書きを書いている。

其の三 ・ スポーツ・甲子園決勝

無傷の横浜を、傷だらけが抜いた

今週の一面 第108回全国高校野球選手権大会は8月22日に決勝が行われ、智弁和歌山(和歌山)が健大高崎(群馬)を4対3で下し、5年ぶり4回目の優勝を果たした。智弁和歌山は終盤に逆転しての勝利で、健大高崎は初の決勝進出だった。準決勝では、優勝候補の筆頭とされ大会を無傷で勝ち上がっていた横浜(神奈川)を智弁和歌山が7対1で破っており、楠本龍生の勝ち越し3ランを含む4打点、和気匠太の8回1失点の好投が勝因となった。前週の3回戦時点ではSNS上で「横浜に勝てるところがなさそう」との声が広がっていた。 出典: NHKニュースNHKニュースOlympics.com
中島らも 中島らも

先週この席で、無傷の横浜がどこまで行くやろ、いう話をしましたやろ。あれの答えが出ましてね。準決勝で智弁和歌山が横浜を七対一。無傷やった側が、いちばん派手に転びよった。……で、二十二日の決勝は智弁和歌山と健大高崎。終盤にひっくり返して四対三。智弁和歌山が五年ぶり四回目の優勝です。健大高崎は初めての決勝やった。……俺はな、こういう結果を見ると、ちょっとホッとするんですよ。世間が『もうこれで決まりやろ』と口を揃えた時に、その通りにならん。それがまだ残っとるいうのが、なんや、生きとることに似とるんですよね。決まりきったことばっかり起きる夏やったら、こっちは飲む理由がのうなってしまう。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はこれを『番狂わせ』とは呼びません。順番どおりです。ええですか、無傷いうのは強さの証明やなしに、まだ試されてへんという意味でしかないんですよ。智弁和歌山は準決勝で七点取って横浜を落とした。決勝では逆に、終盤まで負けとって、そこからひっくり返しとる。つまりこのチームは、勝ち方と負けかけ方の両方を、大会の途中で体で覚えたわけです。……山登りと一緒でね。事故がいちばん多いのは登りやのうて下りなんです。登りは誰でも慎重になる。下りは景色がええし、足も軽い。優勝候補いうのは、大会の途中からずっと下りを歩かされとるようなもんですよ。周りが『もう頂上や』と言うてくれるから、足元だけが留守になる。決まってるんです。

中島らも 中島らも

下りのほうが危ない、な。……そら、酒と一緒やわ。しんどい時のコップは慎重に持つけど、気分よう酔うてきた頃に必ずこぼしよるんです。俺の人生の失敗はだいたい下りで起きとる。……ただ、俺が今週いちばん気になっとるのは、健大高崎のほうでね。初めての決勝で、終盤まで勝っとって、最後に逆転された。……あれはしんどいですよ。負けた側の夏は、勝った側の夏より長いんです。何十年か経ってから、ふっと九回の場面だけ思い出す。そういう夏の終わり方を、群馬の高校生らが揃うて持って帰った。俺はそっちのほうを、ちょっと考えてしまうんですよね。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこは僕、もっとはっきり言いますよ。負けた側のほうが得なんです。……いや、慰めで言うてるんやない。人間は勝った試合からは何にも学ばんのです。勝ったらね、自分のやってきたことが全部正しかったことになってしまう。あんな効率の悪い話はないんですよ。ところが四対三で負けた側は、一点の意味を一生かけて考えることになる。そのほうがよっぽど値打ちがある。……漫画トリオが解散した時、僕は、トリオが割れたら大抵一人だけあかんようになると言われとりました。ところがノックさんも、フックさんも、僕も、それぞれ何とかやった。あれはね、三人とも一遍ちゃんと解散という負け方をしたからです。負けを通ってへん人間だけが、次に転んだ時の受け身を知らんのですよ。健大高崎の選手らは、この夏に受け身を覚えた。間違いないんです。

中島らも 中島らも

受け身、か。……ええ言葉やな。俺は受け身ばっかり上手なって、いつまで経っても投げるほうにはなれんかったけど。……まぁ、これで今年の夏の甲子園も終わりです。智弁和歌山に一杯、横浜にも一杯、健大高崎には二杯やな。負けた側は、飲むのに時間がかかるから。……秋になったらみんな、この四対三のことをきれいに忘れます。忘れて、また来年の夏に同じ顔で集まる。ええ加減なもんですよ、人間は。まぁ、そのええ加減さで持っとるんやろな。知らんけどな。

無傷のまま終わった夏は、誰の記憶にも傷を残さない。

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