RAMO & KAMIOKA WEEKLY 第12号 / 2026-08-30

第十二号・水に境目のない夜に

本号のテーマ 其の一 災害・北陸豪雨 / 其の二 国際・ネパール氷河崩落 / 其の三 政治・野党再編
其の一 ・ 災害・北陸豪雨

特別警報が、三日かけて南へ

今週の一面 8月27日、石川県と富山県で記録的な大雨となり、石川県の羽咋市・志賀町・宝達志水町・中能登町と富山県氷見市に大雨特別警報(レベル5)が発表された。羽咋市では12時間降水量が317.5ミリと観測史上最大を記録し、川が氾濫して住宅地が浸水、石川県内では約270世帯が周囲と行き来できない状態になった。富山県氷見市でも24時間で平年の8月ひと月分の約2倍にあたる雨が降り、堤防が削られ、住宅では畳が浮くほどの浸水となって、消防がボートで住民を救助した。前線はその後も北陸に居座り、30日午前4時半には福井県の福井市・大野市・勝山市に大雨特別警報が発表された。鉄道の運休や北陸道などの通行止めが相次ぎ、避難指示が広範囲に出されている。 出典: NHKニュースNHKニュースNHKニュースウェザーニュース
中島らも 中島らも

二十七日の昼から晩にかけてやね。石川と富山に大雨特別警報が出ました。羽咋いうところでは十二時間で三百十七ミリ。観測を始めてからいちばん多い雨やそうです。川が溢れて、家の一階が水に浸かって、消防の人がボートで二階から子供を降ろしとった。氷見のほうでは、畳が浮いたそうです。……畳が浮く、いう言葉をね、俺はちょっと持て余しとるんですよ。水の量の話やのうて、暮らしの重さのほうが浮いてしまう感じがして。畳の下には何十年ぶんの埃が溜まっとって、その上でみんな寝たり、喧嘩したり、正月に餅食うたりしとったわけでしょう。それが、ぷかっと浮く。……で、その雨が北陸に居座ったまま、今朝は福井です。福井市と大野と勝山に特別警報。三日かけて、県をひとつずつ南へ降りてきとるわけです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕が見とるのは畳やのうて、地図のほうです。ええですか、この雨は石川で降って、富山で降って、今朝は福井で降っとる。雨のほうは県境なんか一つも見てへんのですよ。ところがこっちは、県で分け、市で分け、町で分けて、それぞれが自分の分だけ避難所を開けて、自分の分だけ川を見とる。……回り道してくる泥棒と一緒でね。一軒目に入られた家が『うちは鍵を替えました』と言う。二軒目が『ほな、うちも替えます』と言う。誰ひとり、その泥棒がどの道を通って来たかを見てへん。道を見なあかんのですよ。……石川はこの二年半のあいだに、地震で揺れて、豪雨で流されて、そして今度の雨です。同じ土地に三遍来とる。三遍来たら、それはもう災害やのうて通り道です。通り道の話をせんかぎり、毎回いちばん最初からやり直しになる。決まってるんです。

中島らも 中島らも

通り道、な。……俺はな、印刷会社で肉体労働しとった頃に、倉庫が水に浸かったことがあってね。たいした水やない、くるぶしくらいのもんです。それでも紙いうのは下から吸い上げよるから、積んであったやつが全部ぶわっと膨れて、使いもんにならんようになった。で、若い俺は上司に『上の段は無事ですよ』言うたんです。そしたら『上の段が無事なだけや』と返されて。あれは今でも覚えとる。水が来た時に、無事なもんを数えるのは、なんぼでもできるんですよ。……それとね、水が引いてからのほうが長いんです。あの匂いがなかなか抜けん。泥の匂いというより、家の中にあったもんが全部混ざった匂いでね。テレビは水が出とるあいだしか映さんけど、匂いのほうは半年残るんです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこですよ。僕が言いたいのはね、映るのはいつも茶色い水の絵だけでしょう。ヘリコプターを飛ばして上から撮って、いちばん立派な声で『命を守る行動をとってください』と読む。……あの『命を守る行動』いう言葉、僕はいっぺん、ちゃんと日本語に訳してほしいんです。レベル5いうのは、これから危ないという意味やない。もう起きとる、という意味なんですよ。つまりあれが出た時には、逃げるための時間はとっくに終わっとる。終わってから、いちばん親切な声が流れるわけです。……ほんまに要るのは、その半日前でしょう。半日前の呼びかけは地味です。地味やし、外れたら『大げさやった』と文句を言われる。せやから出すほうも、いちばん絵になる時間まで待ってしまう。順番が逆なんです。逆やと分かっとって直さんのやから、知らんかったでは済まん話ですよ。間違いないんです。

中島らも 中島らも

……半日前の、地味な声、な。……まぁ、俺みたいなもんは、その地味な声を聞いても『まだ大丈夫やろ』言うて、コップに二杯目を注いでしまうんですよ。人間いうのは、逃げる理由より、逃げんでええ理由のほうを一生懸命探す生きもんでね。俺は自分の身体で何遍もそれをやってきたから、よう分かる。……今日は福井に警報が出とります。この話が誰かの耳に入る頃には、もう雨は上がっとるかもしれん。上がってからが長いんです。畳を上げて、床を乾かして、匂いが抜けるまで。……そのあいだ、誰も見てへんところで、たいがいの人はちゃんとやりよる。今日はそれだけを信じて、店を開けときますわ。

雨は県境を知らない。予算と記憶だけが、律儀に県境で止まる。

其の二 ・ 国際・ネパール氷河崩落

時速百九十キロで、氷が来た

今週の一面 8月26日朝(現地時間)、ネパール中部でヒマラヤの氷河が大規模に崩落し、せき止められた川が決壊して鉄砲水となった。ランタン・リルン峰の北側で幅610メートルにわたって崩れた氷は落差約2100メートルを流れ下り、最初の22キロを時速190キロ超で走ったと分析されている。被害はラスワ、ヌワコート、ダディンの各郡と中国との国境地帯に及び、当局発表の犠牲者数は日を追って増えて、29日時点で死者586人以上、行方不明2900人以上と伝えられている。家族とみられる日本人5人とも連絡が取れず、氏名が公表された。当初は地震が原因とみられていたが、現在は氷河の崩落が引き金との見方が有力で、背景に気候変動によるヒマラヤの氷河融解があると指摘されている。 出典: NHKニュースNHKニュースウェザーニュースBloomberg
中島らも 中島らも

ネパールです。二十六日の朝に、ヒマラヤの氷河が崩れた。幅が六百十メートル、落差が二千百メートル。それが川をいっぺんせき止めて、溜まったやつが切れて、鉄砲水になって下りてきた。最初の二十二キロを時速百九十キロで走ったと言われとります。……人間の足で逃げられる速さやない。車でも無理です。谷の下の村からしたら、空が晴れとるのに、上から水が来る。……で、亡くなった人が五百八十六人。行方の分からん人が二千九百人。数字が毎日変わるんですよ。昨日より今日のほうが増えとる。俺はニュースを見るたんびに、この数字の増え方だけは慣れんな、と思て。数が増えとるいうことは、誰かがまだ、待っとるいうことですからね。……日本人の五人も、家族らしい。連絡が取れんまま、名前だけが先に出とります。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はまず、これを不運とか天災とかいう言葉で片づけたない。ええですか、氷河いうのは山の上に置いてある、途方もない量の水なんですよ。凍っとるから止まっとるだけです。それが緩んだら、下へ行く。水は必ず下へ行く。物理の話でね、そこに人間の善悪は一切関係ない。……冷蔵庫の上に、氷の塊を何十年も載せっぱなしにしとる台所を想像してごらんなさい。部屋の温度を上げ続けて、載せた本人は隣の部屋で涼んどる。落ちてくるのは台所に立っとる人の頭の上です。……ヒマラヤの氷を緩めた熱は、ネパールの村が出した熱やないでしょう。石油を焚いて豊かになった国が出した熱です。落ちる場所と、緩めた場所が違う。これは運の話やない、勘定の話なんですよ。決まってるんです。

中島らも 中島らも

落ちる場所と、緩めた場所が違う、か。……俺はな、若い頃に金もないくせに旅ばっかりしとって、山の中の宿でようけ酒飲みました。地図もろくに見んと、バスの終点で降りて、その辺の人に『どっか泊まれますか』言うて。……あの頃の俺は、自分が旅先で消えるいう可能性を一遍も考えたことがなかった。いま思えば、そら阿呆ですよ。でもね、旅いうのはそういう阿呆さで持っとるんです。全部の危険を数えてから出かける人は、たぶん、家から出られへん。……せやから俺は、そのネパールの谷におった人らを、無防備やったとは絶対に言わん。行った人も、住んどった人も、そこで普通に朝ごはん食うとっただけです。……名前が先に出て、その人がまだ見つかってへん。あの時間の長さだけは、想像したら息が止まりますわ。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

僕はここで、日本の伝え方についても一つ言うときますよ。ええですか、この災害が日本のニュースでいちばん大きな扱いになったのは、日本人五人の名前が出てからでしょう。五百人が亡くなった話が、五人の名前で急に近くなる。……人間の情いうのはそういうもんです。それ自体を責める気はありません。ただ、近くならんかった二日間があったという事実は、覚えといたほうがええ。……お葬式と一緒でね、知らん人のお葬式の前は黙って通り過ぎる。知った人の名前が貼ってあったら足が止まる。当たり前です。当たり前やけど、通り過ぎたほうにも、同じだけの家族がおったんですよ。……五人を心配するのはええ。そのうえで、名前の出てへん二千九百人にも同じ数の家がある。そこまで見て、初めてニュースを見たことになるんです。間違いないんです。

中島らも 中島らも

……名前の出てへんほうにも、同じだけの家がある、な。……ええこと言うわ。ええこと言うけど、正直しんどい話ですわ。……俺はな、山いうのはずっと動かんもんやと思て生きてきたんです。子供の頃から絵に描くとしたら、いちばん最後まで残るのが山でしょう。人が死んでも、家が建て替わっても、山だけはそこにある。……それが二千百メートル落ちてきた。動かんはずのもんが動いた、いうのは、こっちの足元の理屈まで一緒に持っていかれるような話でね。……今日はグラスを一つ余分に出しときます。まだ見つかってへん人らの席として。見つかった、いう知らせのほうが先に来ますようにと、それだけ思とります。

動かないはずのものが動いた。その報せは、いつも遠い谷から届く。

其の三 ・ 政治・野党再編

合流はせん、連携はしたい

今週の一面 立憲民主党は8月28日、中道改革連合・公明党との早期の合流を見送る方針を臨時常任幹事会で決め、同日夕方に開かれた3党の党首会談で、水岡俊一代表が中道改革連合の小川淳也代表と公明党の竹谷とし子代表に正式に伝えた。中道・公明の両党は7月末に、合流の方向性を8月末までに示すよう立民に求めていた。立民は合流はしないとする一方、参議院での統一会派の結成を含む3党の連携は呼びかけており、週明けに改めて党首会談を開いて今後の対応を協議する。同じ週、国民民主党では代表選挙が行われ、29日の討論会で党運営や組織のあり方をめぐる論戦が交わされた。 出典: NHKニュースNHKニュース日本経済新聞NHKニュース
中島らも 中島らも

重い話が続いたんで、こっちは少し肩の力を抜いて聞いてください。二十八日の夕方に、党首が三人集まりましてね。立憲民主党の水岡さん、中道改革連合の小川さん、公明党の竹谷さん。中身は何かいうたら、立憲民主党が『合流はしません』と伝えた、いうことです。ただし連携はしたい、参議院では統一会派も考えたい、と。……この『合流はせんけど連携はしたい』いう言い方をね、俺はどっかで聞いたことあるなと思て、しばらく考えとったんです。……うちの店ですわ。夜中の三時くらいに、酔うた男が四人ぐらいで『来年みんなで店やろう』言うて盛り上がる。名前まで決まる。で、朝になったら誰も覚えてへん。覚えてへんけど、また来週も飲みには来る。あれと一緒です。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、酔うてる人のほうがまだ正直ですよ。あっちは冷静で、しかも決めてへんのやから。……ええですか、僕がいちばん嫌いなのは『〜したいと思います』という日本語です。戦後の民主主義が生んだ、いちばん出来の悪い言葉づかいでね。したいのか、するのか、どっちなんですか。合流はしない。これは決めた。ところが連携はしたい。会派は考えたい。週明けにまた会いましょう。……お見合いと一緒でね。『結婚はできません。ただ、お友達としてはこれからも』と言う。言われたほうは何て返しますか。あれは断りやないんですよ、値札を下げただけです。……政党いうのは、思想でくっつくもんやと有権者は思とる。違います。数でくっつくんです。数が要る時だけくっついて、要らんようになったら『理念が違いました』と言う。そのほうがまだ正直やのに、誰も言わへん。ここが問題です。

中島らも 中島らも

まぁ、な。……ただ俺はね、くっつくのが偉い、とも思てへんのですよ。一緒に住んだらええ、いうもんでもない。俺は自分が誰かと一つ屋根の下でうまいことやれた記憶がほとんどないから、余計にそう思う。無理にくっついて、毎晩どっちが片づけるかで揉めるくらいなら、別々の部屋におって、週に一遍飲んだほうが仲がええ場合もある。……せやから『合流せん』と言うたこと自体は、俺は責めません。責めへんけど、一つだけ気になるのは、あの三人が何のためにくっつくかくっつかんかを喋っとるのか、いうことでね。……こっちは水に浸かった家の話を今日ずっとしとったわけでしょう。あの部屋には、その話はどれくらい出たんやろな。それだけ、ちょっと思いました。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

出てませんよ。断言します。ええですか、この手の会談で喋られるのは、いつも席順の話です。誰が代表になるか、どっちの党名を残すか、参議院でどう組むか。……引っ越しの相談やと思えばよう分かる。二軒の家が一緒に住もうかという時にね、最初に揉めるのは、たいてい表札とタンスの置き場所でしょう。誰も『で、この家で何をして暮らすんですか』とは聞かへん。……そこを聞かん相談は、まとまってもまとまらんでも同じことなんです。まとまったところで、表札の大きい家が一軒できるだけや。……有権者はね、党の形にはもう飽きとるんですよ。誰と組むかやなしに、何をするかを先に言う政党が一つ出てきたら、その日にひっくり返ります。出てけえへんから、みんなが投票所で溜め息ついとる。これはもう決まってるんです。

中島らも 中島らも

表札とタンスの置き場所、な。……上手いこと言うわ、ほんまに。……まぁ、週明けにまた会うそうです。会うて、また『前向きに』とか『丁寧に』とか言うんやろな。あの人らの言葉は、どれも角がのうて、掴むところがない。うちのカウンターやったら、そういう喋り方する客はだいたい、勘定の時に急に静かになりよります。……この夏はな、水が来たり、山が崩れたり、こっちの言葉が追いつかんことばっかり起きた。そのあとで政治の話を聞くと、なんや、ずいぶんゆっくりした時間が流れとるとこがあるんやなと思て。……ゆっくりしとる人らが決めることを、水に浸かった人らが待っとる。そういう順番になってしもとるんです。まぁ、来週にはまた別の見出しに変わっとるんやろけど。知らんけどな。

表札の相談は今日も長い。その家で何をするかは、まだ誰も言わない。

← バックナンバー一覧へ