RAMO & KAMIOKA WEEKLY 第15号 / 2026-09-27

第十五号・水が引かない秋に

本号のテーマ 其の一 災害・台風25号 / 其の二 スポーツ・アジア大会 / 其の三 司法・選挙運動と未成年
其の一 ・ 災害・台風25号

ひと月に二度、同じ土地が沈む

今週の一面 大型で強い台風25号が9月21日に関東へ接近し、伊豆大島では24時間降水量が650ミリを超えるなど、2013年の豪雨災害以来の記録的な大雨となった。東京都大島町には土砂災害特別警報が出された。千葉県と神奈川県では土砂災害や川の氾濫が相次ぎ、26日時点で12人が死亡、4人が行方不明。北印旛沼では約100メートルにわたって堤防が決壊し、西印旛沼の水位は過去最高の5.04メートルに達した。千葉県の住宅浸水は884棟(24日時点の暫定値)にのぼり、佐倉市では約300棟が床上浸水した。千葉県内24市町村などに災害救助法が適用され、県内のJR在来線には復旧に3か月以上かかる区間も出ている。千葉県は8月にも「令和8年8月千葉豪雨」で大きな被害を受けたばかりで、26日には非常に強い台風26号が沖縄・奄美へ接近している。 出典: NHKニュース / 時事ドットコム / 日本気象協会 tenki.jp
中島らも 中島らも

今週は、どうしてもこれからです。……二十一日に台風二十五号が関東に寄ってきて、伊豆大島では一日で六百五十ミリを超える雨が降った。千葉と神奈川で、これまでに十二人が亡くなって、四人の行方がまだ分からん。印旛沼では堤防が百メートルほど切れて、佐倉では三百棟くらいが床の上まで水に浸かった。……で、俺がいちばん黙ってしまうのはね、千葉は先月、八月にも豪雨でやられとるんですよ。ひと月前です。濡れた畳をやっと表に出して、壁の泥を拭いて、さあ乾かそうか、いうところへ、また来た。……新聞に住民の人の言葉が出とりました。『どこから手をつければ』と。……あれはな、嘆きやのうて、ほんまに分からんのやと思いますよ。片付けの途中で、片付ける場所がもう一回水の下になる。人間の段取りいうのは、そういうふうには出来てへんのです。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はその『どこから手をつければ』を、住民やのうて、行政と僕ら全員に向けられた問いやと思て聞いたんです。……印旛沼いうのはね、江戸の昔から人間が手を焼いてきた沼なんですよ。享保のころから、田沼意次のころ、水野忠邦のころと、何べんも干拓や掘割の工事が試みられて、洪水やら政変やらでそのたびに頓挫してきた。戦後になってようやく水門と機場で水位を抑え込むようになった。……ええですか、つまりあの沼は、三百年かけて人間が手懐けたつもりになっとる猛獣なんです。檻は立派になった。けど檻の強さというのは、中の獣がいちばん暴れた日を基準に決めてあるんです。その日の記録を、今年は何べん塗り替えられましたか。基準のほうが古うなっとるのに、檻は昔の寸法のままや。これは天気のせいやない、寸法の問題なんです。

中島らも 中島らも

檻の寸法、な。……そうかもしれん。……俺はもう一つ、引っかかっとる記事があってね。袖ケ浦で、道路を直しとった人が、重機ごと川に落ちたそうです。台風の最中に、壊れた道を直しに出とった人です。……こういう時はな、みんな逃げる側の話をするでしょう。避難したか、せんかったか。けど、逃げる人の反対向きに歩いていく人らが、必ずおるんですよ。道を直す人、電気を戻す人、行方の分からん人を探す人。……俺は若い頃、夜中に人が寝とる間に働く仕事をちょっとだけしたことがあってね。ああいう仕事は、うまいこといった日には誰にも気づかれへん。気づかれるのは、しくじった日と、こういう日だけです。……今は、その人らの無事と、まだ見つかってへん四人のことを考えるくらいしか、俺にはできへんな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこは僕、はっきり言うときますよ。ひと月に二度、同じ県がやられたということはね、二度目はもう『災害』やのうて『宿題』なんです。……一度目は不意打ちです。誰も責められん。けど二度目は、一度目の答案が返ってきたあとの試験なんですよ。八月の豪雨のあと、どこの堤防を見て回ったか、どこの排水を点検したか、仮置きの土砂や瓦礫はどこへ置いたか。それを一つずつ、県も国もきっちり公にせなあかん。責める話やない、次の答案のためです。……で、もう一つ。今この瞬間も台風二十六号が沖縄に近づいとる。テレビはね、千葉の泥の映像を流し終えたら、次は沖縄の暴風の映像に移るんです。そうやって画面が次へ行った瞬間に、千葉の片付けは『済んだ話』にされる。済んでませんよ。JRの在来線だけで三か月です。水は引いても、話を引っ込めたらあかん。これはもう決まってるんです。

中島らも 中島らも

話を引っ込めたらあかん、か。……ほんまやな。……今夜はな、店の氷が妙に目についてね。グラスに入れたら、黙って溶けて、黙って水になる。水いうのは本来、そういう行儀のええもんなんですよ。それが、あれだけの量で、あれだけの勢いで人の家に入っていく。……俺は酒で自分の身体を水浸しにしてきた男やから、偉そうなことは何も言えん。ただ、片付けの途中でまた泥をかぶった人らに、『がんばれ』だけは言いたないんです。もう、がんばっとるから。……言うとしたら、『とりあえず、座れるとこに座り』くらいかな。そこから先は、知らんけどな。

水は引く。けれど、話まで引かせてはいけない。

其の二 ・ スポーツ・アジア大会

世界新の隣で、国歌を間違えた

今週の一面 9月19日に開幕した愛知・名古屋アジア大会で、競泳の大橋信(17)が男子200メートル平泳ぎを2分04秒83の世界新記録で制し、100メートル平泳ぎとの2冠を達成した。従来の記録を0秒65更新し、大橋は「日本開催というところが僕がいい結果を出せた要因」と語った。一方で大会運営をめぐっては、18日のホッケー男子韓国戦で誤って北朝鮮の国歌が流れたほか、表彰式での国名の誤り、選手送迎バスが現れず練習が中止になった件、選手村の仮設住宅での水漏れや短いベッド、食事への不満などが相次ぎ、海外メディアからも批判が出ている。組織委員会は22日、宿泊・飲食をめぐる一部報道に対し、公式サイトで反論を掲載した。 出典: Olympics.com / J-CASTニュース / Yahoo!ニュース
中島らも 中島らも

ここからは、ちょっと肩の力を抜かせてください。名古屋でアジア大会をやっとります。……で、十七歳の大橋信くんが、二百メートルの平泳ぎで世界新記録を出した。二分四秒八三。前の記録を〇秒六五縮めた。平泳ぎで〇秒六五いうたら、もう別の生き物ですわ。……本人が『日本でやったからええ結果が出た』と言うとってね。ええ話やなあ、と思て新聞をめくったら、隣の面に『北朝鮮の国歌を流した』と書いてある。韓国の試合で、です。……俺はな、昔、自分の劇団で芝居を打っとった頃に、暗転のきっかけを照明さんが一個飛ばしたことがあってね。役者が死ぬ場面で、ぱあっと明るうなった。客席は大笑いや。こっちは冷や汗です。……ただ、あれは俺らの芝居やから笑い話で済んだ。人の国の歌は、そうはいかんのですわ。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、国歌の取り違えは、僕はまだ事故として許せるんです。人間のやることですから。……僕が許せんのは、そのあとです。組織委員会が二十二日に公式サイトで反論を出した。宿や食事の件は、組織委が原因やありません、と。……ええですか、料理屋で客の皿に髪の毛が入っとったとします。そこで板長が出てきて『その髪の毛はうちの者のやありません』と言うたら、それが仮に本当でも、もうその店には二度と行きませんよ。客にとっては、誰の髪の毛かなんかどうでもええんです。自分の皿に入っとった、それが全部なんですよ。……おもてなし、おもてなしと言うて招いたんでしょう。招いた側が最初に言うべき言葉は『うちのせいやない』やのうて『申し訳ない』です。順番を間違えとるんです。

中島らも 中島らも

順番、な。……それで言うと、あの十七歳の子の順番はきれいやったね。まず泳いで、記録を出して、それから『みんなに感謝』。……俺は十七の頃、何ひとつ順番どおりにやった覚えがないんですよ。学校はさぼる、ジャズ喫茶の隅でふてくされとる、で、何に感謝するかというたら、コーヒー一杯で夕方まで座らしてくれた店のマスターくらいのもんで。……ただね、あの子が『日本でやったから』と言うたのは、たぶん会場のお客さんの声のことやと思うんです。水の中まで聞こえてくる声援。運営の人らがバスを呼び損ねとる同じ建物で、客席はちゃんと仕事をしとった。……おもてなしいうのは、案外、段取りやのうて、声のほうに残っとったんかもしれんな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこで僕は構造のほうを言いますよ。ええですか、日本は東京五輪までずっと、大きな催しの段取りを一つの大きな会社に丸投げしてきた。その会社が五輪をめぐる談合事件で外れた。そうしたら、手の動かし方を誰も覚えてなかったんです。……これはね、何十年も家政婦さんに家のこと全部任せとった旦那が、急にひとりで法事を仕切る羽目になったのと一緒です。座布団がどこにあるかも知らん、お寺さんへの包みがなんぼかも知らん。……で、あわてて『うちは悪うない』と言うてしまう。問題は家政婦がおらんことやない。おらんようになるまで、自分で一遍も座布団を出したことがなかったことなんです。……世界新記録を出す十七歳を育てる力はこの国にある。けど、その子の晴れ舞台を仕切る大人の筋肉は、長いこと使わんうちに落ちとった。これはもう決まってるんです。

中島らも 中島らも

大人の筋肉が落ちとった、か。……耳の痛い話やわ。俺なんか落ちるほうの筋肉しか持ってへんからね。……まぁでも、大会はまだ十月の頭まで続くんでしょう。芝居と一緒でね、初日にこけた舞台が千秋楽までずっとこけとるとは限らん。むしろ初日にこけた座組のほうが、楽日にはええ顔しとることもある。……問題は、こけたことを認めて、照明さんと一緒に台本を読み直せるかどうかです。『照明のせいやない』と言うてる座長の芝居は、たいてい最後までこけたままやけどな。……まぁ、世界新の子に一杯おごりたいとこやけど、十七やからな。オレンジジュースにしとくわ。知らんけどな。

水の中まで届いた声援と、会場の外で来なかったバス。同じ大会の、二つの顔。

其の三 ・ 司法・選挙運動と未成年

十七歳は、名前を呼んではいけない

今週の一面 東京地裁(衣斐瑞穂裁判長)は9月25日、公職選挙法が18歳未満の選挙運動を一律に禁じている規定について、憲法21条が保障する表現の自由に対する「重大な制約」で違憲だとする判断を示した。原告は提訴時に高校生だった人を含む17〜20歳の4人で、国に損害賠償などを求めていた。判決は、未成年者が自らの価値判断に基づいて選挙運動に参加することを法令で禁じる実質的根拠は見いだし難いとし、罰則規定も合理性を欠くとした。一方で国会の立法不作為は認めず、損害賠償などの請求は退けた。同規定は1952年に導入され、違反すると1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金と公民権停止の対象となる。この規定をめぐる司法判断は初めてで、原告らは「画期的」と評価した。 出典: 共同通信(Yahoo!ニュース) / 朝日新聞(Yahoo!ニュース)
中島らも 中島らも

最後は、裁判の話です。……十八歳未満は選挙運動をしたらあかん、という決まりがあるんですよ。公職選挙法に。昭和二十七年からずっと。『誰それに入れてな』と人に頼んだら、十七歳は罰金か、下手したら拘禁刑です。……それを、高校生やった子らを含む四人が、おかしいやろ、と国を訴えた。で、東京地裁が二十五日に、それは憲法違反や、と言うた。表現の自由への重大な制約や、と。……ただ、国にお金を払えという請求のほうは退けられとる。勝ったような、負けたような判決ですわ。……俺はな、十七の頃に世の中に言いたいことが山ほどあったんです。けど、誰かの名前を挙げて『この人に入れてくれ』と言うた覚えは一遍もない。言いたいことは、たいてい、名前のないもんに向いとった。……せやから逆に、名前を挙げてまで何か言いたい十七歳がおるいうのは、俺にはちょっと眩しいんですわ。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

らもさんはそう言うけどね、僕はこの話、理屈で詰めたらもう答えは出てると思いますよ。ええですか、十年前に選挙権は十八歳に下がった。高校では今、主権者教育いうて、政治に関心を持ちなさいと教えとるんです。……で、関心を持った十七歳が、ネットで『私はこの候補がええと思う、みんなも入れてほしい』と書いたら、法律違反。……野球場で考えてごらんなさい。十七歳は球場に入ってええ。試合も見てええ。拍手もしてええ。ところが、ひいきの選手の名前を大声で叫んだら退場です、と。そんな球場、誰が行きますか。……関心を持てと言いながら、関心の出口を塞いどる。これは教育やない、ただの見学ツアーです。

中島らも 中島らも

見学ツアー、な。……うまいこと言うわ。……ただ俺は、その一方で、大人の側の心配もちょっと分かるんですよ。大人いうのは、若い子が何かに夢中になると、すぐ『誰かに利用されとるんちゃうか』と思う生き物でね。……俺も若い頃、得体の知れん大人にいっぱい利用されましたわ。けど、利用されたおかげで覚えたこともある。酒の飲み方も、人の見分け方も、たいがいは痛い目ぇ見てから覚えた。……痛い目ぇ見る前に全部取り上げてしもたら、痛い目の見方も覚えられへんのですよ。そう考えると、この決まりは、子供を守っとるつもりで、大人の心配を守っとっただけかもしれん。……まぁ、七十年ぶんの心配やから、なかなか年季は入っとるけどな。

上岡龍太郎 上岡龍太郎

そこです。僕が言うのは、その七十年のほうなんです。ええですか、この規定は一九五二年、昭和二十七年にできて、一遍も裁判所に正面から問われたことがなかった。それを動かしたのが、国会でも役所でもなく、十代の四人やということです。……ただしね、浮かれたらあきません。これは地裁の一審です。国が控訴すれば高裁、最高裁と続くかもしれん。しかも国に賠償せえという請求は退けられた。つまり判決は『この法律はおかしい』とは言うたけど、『国会がさぼっとった』とまでは言うてないんです。……ボールはね、今は国会の足元に転がっとるんですよ。拾うか、蹴り返すか、見て見ぬふりをするか。僕に言わせれば、十七歳が裁判所まで行って投げたボールを、大人が拾わんと転がしとく国は、主権者教育を語る資格がない。これはもう決まってるんです。

中島らも 中島らも

ボールは国会の足元、か。……拾う人がおったらええけどな。……俺はな、この四人が勝ったのか負けたのかは、正直ようわからんのです。お金は一円も取れてへん。けど、紙に『違憲』と一行書かせた。……物書きの感覚で言うたら、それはけっこうな大仕事ですよ。紙に一行書かせるいうのは、たいていの大人が一生かかってもできへんことやから。……この子らが二十歳になって、酒の飲める歳になったら、うちの店に来てほしいもんです。一杯目はこっちが持ちます。何に乾杯するかは、まぁ、その子らが決めたらええ。誰の名前を挙げても、もう誰にも怒られへんしな。知らんけどな。

拍手はよくて、名前を呼ぶのは駄目。その線を、十代の四人が裁判所に問い直した。

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