第三号・負けへん、を覚えた夜に
負けへん、を覚えた夜
サッカーは正直そんなに詳しないんやけどな、ブラジルと当たる、と。俺はな、勝った負けたより、みんなが同じ瞬間に『うわっ』と声あげる、あれが好きやねん。バンドやってた頃、客とこっちが音でいっこになる瞬間があった。あれと一緒や。点取られて、茶の間が一斉に黙って、取り返して、一斉にわく。理屈やない。あれはもう、祭りやな。
上岡龍太郎 らもさんはそう言うけどね、僕はそこを理屈で言いますよ。サッカーいうのはね、演者の吐いた空気を客が吸て、客の吐いた空気を演者が吸う、その一体感で成り立ってる。スタジアムと茶の間が、同じ空気を吸うてるんです。引き分けで進出いうのは地味やけど、勝ち点を計算して、負けん試合をきっちりやった。日本がようやく『勝つ』より『負けへん』を覚えた。これは大人の試合運びでね、立派な進歩なんですよ。
なるほどなぁ。で、次はブラジルか。普通に考えたら、分が悪い。でも俺は、こういう『どう考えても勝てへん相手』に、それでも勝つ気で向かっていく人間が、いっちゃん好きやねん。あのアホみたいな前向きさにな、なんやちょっと、泣けるところがあるんや。
上岡龍太郎 そのアホさ加減が大事なんです。ただね、僕が一つ言うときたいのは、勝っても負けても、終わった翌朝にどう振る舞うか、ですよ。勝てば英雄、負ければ戦犯。日本人はこの手のひら返しが速すぎる。選手は機械やない。讃えるのも叩くのも、こっちの勝手な空気でね。応援するんやったら、負けた朝もちゃんと隣におってやる。それができて初めて、本物のサポーターなんです。これは決まってる。
ほんまやな。勝ったら一緒に飲も。負けても一緒に飲も。どっちにしても飲むんやけどな。……まぁ、ブラジル相手に一泡吹かせたら、その夜の酒は、一生もんの味になるで。知らんけどな。
テレビの歓声が消えても、茶の間の空気は、まだ少し熱を持っていた。
人を、記号にしないために
……この事件は、俺は正直、語るのがしんどい。若い子が、同じ若い子に、あんなむごいことを。判決が出た、いうても、亡くなった子は帰ってこんからな。俺はな、自分自身がさんざん人に迷惑かけて、心の中に小さい闇を飼うてきた人間や。せやから、人の心がどっかで壊れる、その入り口が、わからんではない。……わからんではないけど、それと、やってええことの線は、まったくの別もんや。そこだけは、はっきりさせとかなあかん。
上岡龍太郎 らもさん、その区別は大事です。僕が論じたいのは、これがSNSの上から始まった、という構造のことでね。昔は、人をいたぶる残酷さには、相手の顔が見えて、声が聞こえて、どこかで人間が踏みとどまる仕掛けがあった。画面の中では、それが効かへん。相手が、生身やのうて記号になる。判決が『残虐で卑劣』と認定したのは、行為そのものだけやのうて、人を記号としてしか見られんようになる、その怖さに対してでもあるんです。
そやな。……俺は昔から、ワイドショーが事件のたんびに『なぜこんなことを』と専門家に即答させるのが、どうにも好かんかった。そんなもん、即答できるかって。人の心の闇は、テレビの尺の中で説明しきれるような、安いもんやない。わかった気にさせる説明のほうが、よっぽど嘘くさい。わからんものを、わからんまま、こわい、と思うとく。そのほうが、まだ誠実な気がするんや。
上岡龍太郎 その通りでね。ここで一番こわいのは、見てる僕らが『消費者』になることなんです。残酷な事件を、夕飯のおかずみたいに眺めて、犯人を叩いて、すっきりして、忘れる。叩いて気が済んだら、自分は安全な側やと安心する。けど、人を記号として消費するその姿勢こそ、この事件の根っこと地続きなんですよ。司法は粛々と裁く。問われてるのは、見てるこっち側が、亡くなった一人を、最後まで一人の人間として悼めるかどうか。そこなんです。
……この判決が、せめてご遺族の、ほんの少しでも、支えになればええ。俺らにできることなんか、面白おかしゅう消費せんと、ちゃんと胸を痛めることくらいしかない。今夜の一杯は、黙って飲むわ。
グラスに口をつけぬまま、ふたりはしばらく、黙っていた。
実質ゼロ、という名の手品
『実質ゼロ』か。……ええ言葉やなぁ。俺な、昔コピーライターをやってたから、こういう言葉を見ると職業病でゾワッとするんや。『実質』いう二文字をくっつけたら、たいていのもんは急に安うなった気がする。昔おった印刷会社の給料なんか、手取りで考えたら実質ゼロみたいなもんやったけど、誰もそうは言わへんかったからな。
上岡龍太郎 らもさんはそう言うけどね、僕はこれ、遅刻してきた弟子の言い訳と一緒に聞こえるんですよ。『来る途中、信号が全部赤でした』。ほう、と。もういっぺん考え直してこい、と言いますわ。税を一パーセントに下げて、足りん分は給付で返すから実質ゼロ。これね、こっちのポケットから抜いた金を、あっちのポケットに入れ直して『ほら、ゼロでしょ』とやってるだけなんです。手品の種は、たいてい袖の中にあるんですよ。
ははは、きついなぁ。まぁ俺は税のことはようわからんから、ほんまは専門家に聞いてほしいんやけどな。ただひとつだけ、長いこと生きてて身についた勘がある。『みなさんのため』いう言葉が出てきた時は、いっぺん眉に唾をつける。あれは学校で『人と同じにしときなさい』と言われた時と、どうも同じ匂いがするんや。
上岡龍太郎 その勘は正しい。問題はね、政治家が誰も言い切らんことなんです。『下げます』でも『上げます』でもない。『実質』『方向性』『検討』。みんなが顔色を見合わせてる。本当はね、断定する勇気を持てばええんですよ。『上げます、その代わりここに使います』と言い切ってくれたら、聞いてるほうはむしろ安心する。言い切らんのは、後で責任を取りとうないからです。これはもう、決まってることなんです。
まぁ、ほんまに安うなるんやったら、晩酌のあてが一品増えるかもしれん。庶民の願いなんて、その程度の小さいもんでええんやけどな。……手品のタネが、財布の底やないことだけ祈っとくわ。知らんけどな。
勘定書きの数字を、誰も最後まで読まない。それが手品の、いちばんの味方らしい。