第八号・揺れのあとの夏に
地震のあとに、夏が来た
熊本で、震度七や。……七月二十八日の、夕方の四時二十七分。晩飯の支度をしとる家が、なんぼでもあった時間ですよ。氷川町のあたりで家が何軒も潰れて、今日までに、地震との関わりを調べとる人も入れて、三十八人が亡くならはった。……で、そのあとや。四十度近い日が、ずっと続いとる。断水しとる町で、水がのうて、日陰もない。避難して、車の中で寝とった七十代の女の人が、熱中症の疑いで亡くならはった、いうやろ。……あれがな、いっちゃんこたえるんですよ。地面に潰されたんやない。地面が揺れたあとの、夏にやられてしもた。俺は、九五年の一月を、この関西で見とる人間やからね。あの時は、寒さやった。今度は暑さや。……揺れが収まった時が終わりやないんですよ。あそこから、長いのが始まる。
上岡龍太郎 らもさんはそう言うけどね、僕はそこを、もっとはっきり言うべきやと思てるんです。ええですか、相撲でいうたら、地震いうのは立ち合いの一発なんですよ。ドンとぶつかる。そこで決まる勝負も、そらあります。けど、ほとんどの勝負は、そのあとの寄り身で決まるんです。今度もそうです。十年前の熊本の地震ではね、亡くなった方の八割方が、揺れそのものやのうて、そのあとの避難生活で亡くなってはる。暑さ、水がない、薬がない、眠れん、動けん。──ここから先はね、天災やないんですよ。人間が段取りする話なんです。地震は防げません。けど、地震のあとに人が死ぬかどうかは、人間の側の仕事です。「想定外でした」いう言葉はね、立ち合いで負けた時に使う言葉であって、寄り身で負けた時に使う言葉やない。決まってるんです。
段取りの話、な。……九五年のあの時にな、知り合いで、毎日水を運んどった男がおったんですよ。ポリタンク二つ提げて、坂を上がって、また下りて。えらいことしとるなぁ、と言うたら、そいつが「いや、俺は水を運んどるんやない。ばあさんの顔を見に行っとるだけや」て言いよった。……あれは、うまいこと言うなぁ、と思てね。人間な、しんどい時に「助けてやる」と言われるのは、案外つらいんですよ。こっちにも意地があるからね。「顔見に来た」やったら、受け取れる。……今、熊本にボランティアが入って、家具を運んだり、家の片付けをしたりしとるやろ。あれもな、荷物を運んどるように見えて、ほんまは「あんたのことを見とるで」いう合図を、一緒に運んどるんやと思う。
上岡龍太郎 その通りです、らもさん。ただ僕は、そこに一つだけ足しときたい。合図を運ぶのは、たしかに人間の仕事です。けどね、水そのものを運ぶのは、行政の仕事なんですよ。ここを混ぜたらあかん。ええですか、日本人はこういう時に、必ず「絆」や「思いやり」の話に持っていく。美しい話は、たしかに人を持たせます。ところがね、美しい話には領収書がいらんのです。誰も勘定せんでええ。断水が何日続いとるか、避難所に冷房が何台入ったか、車中泊が何人おるか──こっちには全部、数字がある。数字のある話は、あとで追及される。せやから、そっちがだんだん小そうなって、美談のほうばっかり大きゅうなるんです。僕が言いたいのはね、涼しい部屋を一つ用意することが、いちばん上等な思いやりや、いうことですよ。冷房一台には、励ましの言葉千回分の値打ちがある。間違いないんです。
冷房一台が、励まし千回分か。……ええ勘定や。上さんの言うとおりやと思うわ。まぁ、俺にできることは、たかが知れとるけどな。……この店な、しばらくは氷を切らさんようにしとくわ。熊本から出てきた人が、ふらっと入ってきた時に、なんも聞かんと「まず、冷たいのを一杯」言うて出せるようにね。……揺れは、まだ続いとるらしい。どうか、これ以上、誰も持っていかれませんように。今日はそれだけを、静かに願うとく。
遠い町で、まだ地面が揺れている。カウンターの氷だけが、音も立てずに静かに冷えていた。
五十分で、五円動く
円が、五十分で五円動いたらしいで。三十日の晩や。一ドル百六十三円やの、三十九年ぶりの安値やの言うとったのが、あれよあれよで百五十七円台。政府と日銀が円を買うたらしい。しかも今度は、アメリカと二人がかりやと。……なぁ、五十分いうのはな、この店で言うたらどれくらいか、わかりますか。客が一人入ってきて、上着を脱いで、一杯目をゆっくり飲んで、氷が少し溶けてきた頃に、ようやっと本題を話し始める。ちょうどそれくらいの時間ですよ。人間が、他人に心を開くのに要る時間や。その同じ五十分で、五円動く。……こら、生きてる速さが、もう根本から違う世界の話ですわ。俺らの持っとる目盛りと、あっちの目盛りは、噛み合うようにできてへんのやろな。
上岡龍太郎 らもさんはそう言うけどね、僕はあの五十分に、ちゃんと意味があると見てるんです。ええですか、あれは相場を動かす技やない。知らせる技なんですよ。寄席でね、客席がざわついて、噺家の声が通らんようになる時がある。そういう時、袖でカンと拍子木を打つんです。あれでざわつきが消えるわけやない。「こっちは見てるぞ」と、客に知らせるだけです。今度の介入も、まったく同じでね。五円戻したところで、世界中を回っとる金の流れが変わるわけがない。ただ、「日本は黙って見とるだけやないぞ」と、しかも「アメリカが横に立っとるぞ」と、それを知らせた。日米が並んで拍子木を打った、いうのが今度いちばん大きい話なんです。金額やないんですよ、隊列なんです。これは決まってるんです。
隊列、な。……ただな、上さん。拍子木が鳴ろうが鳴るまいが、うちの常連の財布の中身は、そない簡単には変わらんのですよ。この前な、二十年ぶりに外国へ行く言うて、行く前からはしゃいで飲んどった客がおってね。帰ってきたら、しゅんとしとる。どないしたんや言うたら、「向こうで、コーヒー一杯が千円した」と。あんまり悔しいから、ホテルの部屋で、日本から持っていったカップ麺を食うたそうや。……あれ、本人は笑い話にしとったけどね。俺はちょっと、こたえたんですよ。俺らが若い頃はな、円が強うて、外国が安いのが、当たり前の顔しとった。当たり前が裏返る時いうのは、案外、音がせえへんのやなぁと思て。
上岡龍太郎 そこですよ、らもさん。当たり前が裏返る時、人間はそれを認めるのが、いっちゃん遅れる。ええですか、僕はね、今度の介入は結構なことやと思てます。やらんよりやったほうが、はるかにええ。けど、はっきり言うときますよ。円が安いのは、投機のせいだけやないんです。世界が、この国の先行きに張ってへんから安いんですよ。ここを、拍子木の音で誤魔化したらあかん。薬を打ったら、そら熱は下がります。下がった熱を見て「治った」と言うのが、いちばんあかんのです。肝心なのは、熱が下がっとる間に、何を作り直すかでしょう。それを言わん人間はね、拍子木を打っただけで、仕事をした気になってるんです。間違いないんですよ。
熱が下がっとる間に、何をするか、な。……こら、俺が医者にさんざん言われたやつやわ。「今は数値が落ち着いてます。落ち着いてる間に、生活のほうを変えなさい」と。……で、俺は数値が落ち着いたのをええことに、また飲んだんですよ。人間な、楽になった瞬間がいっちゃん危ない。国も、たぶん似たようなもんちゃうか。まぁ、今夜のところは、円が五円ばかり戻って、うちの仕入れがちょっとだけ楽になった、いうことにしとこ。知らんけどな。
五十分で五円。それは、人が他人に心を開くのにかかる時間と、ちょうど同じだけの時間だった。
友達の、数え方が変わる
おもろい調査があってな。生成AIいうやつを使うてる人が、三割ちょっと。ほんで、この先AIが友達や家族の代わりに「なると思う」いう人が、四人に一人おるんやと。……こういう話をするとな、たいてい「世も末や」いう顔をする人がおるやろ。俺はな、あんまりそう思わんのですよ。……俺は長いこと、酒を友達やと思て生きてきた人間でね。あれはええ友達でしたよ。文句は言わん。裏切らん。何時に訪ねていっても、同じ顔して待っとる。こっちが黙り込んでも、気まずい空気にならへん。……で、その友達に、俺は肝臓と、四十年ぶんの時間を持っていかれた。せやから、人間以外のもんを友達にする気持ちいうのは、俺にはようわかるんです。責める気には、まるでならん。
上岡龍太郎 らもさんはそう言うけどね、僕は「友達」いう言葉のほうを、もういっぺん決め直さなあかんと思てるんです。ええですか、テニスの壁打ちいうのがあるでしょ。壁は、必ず返してくる。こっちが打った通りの角度で、きっちり返ってくる。ええ練習になります。フォームも綺麗になります。ところがね、壁打ちをなんぼやったかて、試合には勝てんのです。なんでか。壁は、こっちの嫌がるところへ打ってけえへんからですよ。友達いうのはね、こっちの都合の悪いところへ、わざわざ球を打ってくる人間のことなんです。「あんた、それは間違うてる」と言う。「その話、この前も聞いた」と言う。腹が立ちますよ。腹は立つけど、それで人間の形いうのは決まっていくんです。今のAIは、賢い。賢いけど、まだ壁です。よう出来た壁ですよ。そこは褒めます。けど、壁です。
よう出来た壁、か。……ただな、上さん。壁でええ、いう夜も、人間にはあるんですよ。この商売を長いことやっとるとね、それがようわかる。カウンターに座って、こっちの目ぇも見んと、二時間ずーっと同じ話を繰り返す人がおるんです。愚痴でもない、相談でもない。ただ、口から外へ出したいだけや。あれにな、まともな返事をしたらあかんのですよ。「そらあんたが悪い」なんぞ言うた日には、その人は二度と来えへん。……人間には、返事のいらん時間いうのが、ほんまにあるんです。その時間を機械が引き受けてくれるんやったら、俺はええことやと思う。壁に向こうて喋って、朝になって、ほな行くわ、言うて帰れるんやったらね。
上岡龍太郎 それは認めます。認めますけどね、らもさん、あの調査には一つ、大きい落とし穴があるんですよ。ええですか、面白いのは数字の割れ方です。十八から三十代は、半分以上が使うてる。ところが六十代は、二割ちょっとしか使うてへん。つまりね、いちばん壁を要りようとしてる年寄りが、いちばん壁を持ってへんのです。一日中、誰とも口をきかん人ほど、その機械にたどり着けてへん。これが今の日本の形ですよ。便利なもんいうのはね、いつでも、いちばんそれを要らん人のところから広がっていくんです。せやから僕は言うんですよ。AIが家族の代わりになるかどうか、いう議論より先に、家族が家族の代わりになってへん、いう話をせなあかん。順番が逆なんです。決まってるんですよ。
順番が逆、な。……ええこと言うわ、上さん。まぁ、機械が友達になろうが、酒が友達になろうが、人間はどっちみち、なんかにもたれかからんと立ってられんのですよ。俺は酒にもたれて、ここまで来てしもた。あんまり褒められた立ち方やない。……ただな、朝方まで機械と喋ったあとに、それでもなんや足りん、いう夜が、いつか来ると思うんや。その時にな、灯りをつけて待っとる店が、まだ一軒くらい残っとったらええな、と思て。……まぁ、その頃には俺の肝臓のほうが先に音を上げとるかもしれん。知らんけどな。
返事のいらない話を、今夜も一つ聞いた。灯りは、まだ点いている。